固体地球科学用語解説
地球物理学関連
マントル対流の数値シミュレーション(numerical simulation of mantle convection)
- 岩石で構成されているマントルは,数100万年以上の長い時間スケールでは流体のように振る舞い,その運動は、粘性率が非常に大きい流体中の熱対流運動と表現される(水飴の粘性率が103 Pa s(パスカル秒)に対し、マントルの標準的な粘性率は1021 Pa sという巨大な値になる).マントル対流の数値シミュレーションでは,マントル対流を支配する基礎方程式(質量保存式、運動量保存式、エネルギー保存式の三つの保存式)に基づいて計算を行うことで,決まった時間間隔毎の温度場,応力場,流れ場が同時に得られる.シミュレーションの開始時には,初期条件となるマントル内部の温度分布だけを与える.すると,粘性率が非常に大きいために運動量保存式の慣性力が無視できるので,与えた温度分布に対応する浮力の分布に釣り合う,その"瞬間"の応力と流れの分布が決まる.大陸地殻や海洋地殻,あるいはサーモケミカルパイルのようなマントルと化学組成の異なる物質の流れ(移流)を解くためには,これらの基礎方程式とは別にその物質ごとの移流方程式が必要となる.さらに,始原的なマントル物質が融解と化学分化によって地殻物質が形成されるといった物質の進化を解くためには,そのプロセスを再現する物理化学法則をシミュレーションに考慮する必要がある.
地震波トモグラフィー(seismic tomography)
- 地球内部を通過するさまざまな種類の地震波の伝搬速度を解析して,マントル内部の速度異常構造を推定し画像化する手法.地震波速度がマントル物質の温度変化のみに依存すると仮定した場合(実際には物質の組成の違いにも依存する),マントル内部に低温の領域があると,そこを通過する地震波速度は速くなり,逆に高温の領域があると地震波速度は遅くなる.従って,地表で観測される地震波の到達時間は,温度と組成の水平不均質がない仮想的な(標準的な)マントルを通過する地震波の到達時間とずれることになる.地震波トモグラフィーでは,大量の地震波の観測データをもとにマントル全体の地震波速度異常構造モデルを逆問題的に決定する.ここで,地震波速度の「異常」とは,地球の中の各深さの標準的な地震波速度からのずれを意味する.これまで多くの研究者が発表した地震波トモグラフィーモデルから,(1)南太平洋とアフリカの下のマントル深部に大規模な地震波低速度領域が分布していること,(2)主に環太平洋の下に,コア・マントル境界まで沈み込んだスラブによると思われる大規模な地震波高速度領域が広く分布すること,(3)地表から沈み込んだプレート(スラブ)が,マントル物質の結晶構造が変化する深さ660 km付近で一旦水平に横たわって「スタグナントスラブ(停滞スラブ)」を形成し,その後下部マントルに落下しているように見えることなど―が明らかになった.現時点では,地震波トモグラフィーはマントル対流パターンの実態を把握するための唯一無二の観測的研究手法と言ってよい.
サーモケミカルパイル(thermo-chemical pile)
- サーモケミカルパイルは,地球形成時から蓄えられた始原的な重い物質か,地球史を通じて地球表層から沈み込んだ海洋地殻がかき集められてマントル深部に溜まっている領域で,周囲のマントルと化学組成が異なる密度の大きな物質からなり,多くの放射性元素を含んでいると考えられる.地震波トモグラフィーやマントル対流の数値シミュレーションの結果などから,この熱的にも化学的にも周囲のマントルと異なる領域は,コア・マントル境界上に"山"のように積もっているように見えるので,パイル(pile)と呼ばれる.現在の地球では,パイルは南太平洋下とアフリカ下に存在し,少なくとも数億年という時間スケールではダイナミックに安定で,位置をほとんど変えないとされる.サーモケミカルパイルは,コア・マントル境界から発生する複数の上昇プルーム(太さの直径は数100 km)が群がるように集まってできている可能性があるが(プルームクラスター説),現在の全マントル地震波トモグラフィーの解像度(1000 km程度)ではそれはまだ明らかにできない.1990年代前半に発表された解像度の粗い地震波トモグラフィー画像では,巨大なプルームのようにも見えるので,高校の教科書や一般書などでは「スーパープルーム」と解説されていることも多い.サーモケミカルパイルの存在は,大規模なマントル上昇流を持続的に地球表層に届けるので,超大陸分裂や大陸移動,ひいては地球の進化に多大な影響を及ぼしてきた可能性がある.
粘性率(viscosity)
- 粘性率は,物質の固さ(変形のしにくさ、あるいは、流れにくさ)を表す物理量である.物理的な定義は応力を歪速度で割ったもので、単位はパスカル秒(Pa / s-1=Pa s)になる.つまり、物体をある速度である長さまで歪ませる(変形させる)のにどのくらいの力が必要かを表すので、値が大きいほど物質が固い(流れにくい)ことを意味する.空気の粘性率が10-5 Pa s、水の粘性率が10-3 Pa s、マヨネーズの粘性率が10 Pa s、水飴の粘性率が103 Pa s、融けたガラスの粘性率が104 Pa sなどに対し、岩石でできているマントルの標準的な粘性率は1021 Pa sという巨大な値になる。一方、外核の融けた金属鉄の粘性率は10-2 Pa sで水と一桁しか変わらない。一般に、粘性率は物質の温度や圧力、結晶粒径、水の量などに大きく依存する。マグマ(溶岩)の粘性率は、岩石の種類により大きくことなり、ハワイや富士山で流れる玄武岩質のマグマでは、10 ~ 102 Pa s、安山岩質や流紋岩質のマグマでは、106 ~ 1010 Pa sである。マグマでは、二酸化ケイ素(シリカ)の割合が多いほど粘性率は高くなり、玄武岩には二酸化ケイ素が50%程度、安山岩には60%程度、流紋岩には70%含まれるので、この順に粘性率が高くなる。
レイリー数(Rayleigh number)
- 粘性流体の熱対流におけるレイリー数(Ra)とは,自然対流を引き起こす力(温度差によって生じる浮力)とその対流を抑制する力(粘性力と熱拡散による温度差の均一化)の比で表される無次元量であり,対流の活発さを表す指標となる.レイリー数が大きいほど,熱浮力が粘性抵抗力に打ち勝って,対流が活発になり,対流速度が大きくなる.下面から加熱され,上面で冷却される層内の流体のレイリー数は,Ra = ραΔTgb3/(ηκ)で定義される.ここで,ρは密度,αは熱膨張係数,ΔTは下面と上面の温度差,gは重力加速度,bは層の厚さ,ηは粘性率,κは熱拡散率である.一方,内部から加熱され,上面で冷却される層内の流体のレイリー数は,RaH = αρ2gHb5/(kηκ)で定義される。ここで、Hは単位質量あたりの内部発熱量,kは熱伝導率である.レイリー数が,ある値(臨界レイリー数)以下では,熱伝導のみで熱が伝達されるが,それ以上になると熱対流が起こるようになる.臨界レイリー数は、境界条件によって変わるが、理論解析からおおよそ103であることがわかっている.地球のマントルは,実質的には内部よりも下面からの加熱の寄与が大きく,そのレイリー数はRaの定義で見積もられることが多い.基準とする粘性率や密度の値で変わるが,Raは106から107のオーダーであり,臨界レイリー数を大きく上回っていることから,マントルで熱対流運動が起こっている証拠となる.
※レイリー数の違いに対するマントル対流パターンへの影響は,こちらを参照のこと.
地質学関連
超大陸(supercontinent)
- 超大陸の言葉の定義はやや曖昧だが,その時代に地球上に存在するほとんど全ての大陸が合体して一つになった巨大な大陸を超大陸と呼ぶ.地球上には,約3億年前に「パンゲア」,約10億年前に「ロディニア」,約16~18億年前に「コロンビア」と呼ばれる超大陸が形成されたとされる.従って,超大陸の形成周期は約6~8億年と言ってよい.地球が約46億年前に誕生して数億年後に現在のプレートテクトニクスに似た表層運動が起こるようになると,遅くとも約40億年前までには,マグマ活動により現在の地球に存在する大陸の"芯"となる小さな大陸が地球上に誕生し始めた.小さな大陸が沈み込み帯でのマグマ活動によってさらに成長し,それらが合体を繰り返しながら徐々に大きくなり,約30~25億年前には,巨大な大陸が形成されたという説もある.超大陸が分裂し,次の新しい超大陸が形成される一連の過程を「超大陸サイクル」と呼ぶ.超大陸サイクルのうち,超大陸が分裂して新しい海ができ,やがてその海が閉じ始めて超大陸が再び形成される過程(内転パターン)を,カナダの地球物理学者でプレートテクトニクス理論の創始者の一人であるジョン・ツゾー・ウィルソン(1908-1993)の名前にちなんで「ウィルソンサイクル」と呼ぶ.一方,新しい海がどんどん拡大していき,超大陸が分裂する前からあった古い海が消滅させるように大陸が集合して超大陸が形成されるパターンもある(外転パターン).ただし,実際の地球に存在した超大陸は,内転か外転かという極端なパターンで形成されたのではなく,複合的な過程で形成されたものと考えられる.
パンゲア(Pangea, Pangaea)
- アルフレッド・ウェゲナーは、1922年に出版した『大陸と海洋の起源』の第3版の中で、自らが復元した超大陸を「パンゲア(Pangea)」と命名した.パンゲアとはギリシャ語で"全ての大陸"という意味である.パンゲアは南半分のゴンドワナ大陸(現在のアフリカ,南アメリカ,オーストラリア,南極の各大陸とインド亜大陸)と,北半分のローラシア大陸(現在のユーラシア大陸と北アメリカ大陸)から構成される.ウェゲナーは,現在の精密な古地磁気学的・地質学的データを用いて復元されるパンゲアの形を,大陸の海岸線の形,各大陸に存在する地質帯の分布,動植物の化石の分布や氷河の痕跡など断片的な証拠だけを手がかりにほぼ見事に復元した.ただし,彼は,パンゲアが形成されていた時代には,インド亜大陸はユーラシア大陸と陸続き(浅瀬)で繋がっていたと考えていた.インド亜大陸が南半球から北上して約4000万年前までにユーラシア大陸に衝突したことが分かったのは,1950年代以降になってインド洋の海底の地磁気縞模様が確認されてからである.パンゲアは約3億年前に形成され,約2億年前に分裂を開始したとされ,パンゲアが形作られていた真っただ中の約2億5000万年前には地球史上最大の生物の大量絶滅が起こった.その原因の一つとしては,パンゲアの下に溜まった高温のマントル,あるいはマントル深部からの上昇プルームによる大規模な火山活動が挙げられる.
大陸分裂(continental breakup)
- 大陸(もしくは超大陸)がなぜ分裂するかを考察することは,さまざまな観測量が得られる地球表層運動と、観測量が限られたマントルの活動との動的繋がりの議論の根幹に関わる重要な問題である.大陸分裂のメカニズムについては三つの考え方がある.一つは地球深部起源のマントルプルームの浮力によって大陸を水平方向に引き伸ばす力が働いて分裂させるという考え方である.この場合,大陸縁辺域から沈み込んだプレートがコア・マントル境界上に落下し,熱境界層の傾きによって大陸下に上昇プルームが発生すると考えられる.二つ目は,大陸がマントルにとって毛布のような役割をし(いわゆる毛布効果),大陸下のマントルが海洋下のマントルよりも高温になり,その温度差によって大陸を水平方向に引き伸ばす力が働いて分裂させるという考え方である.この場合,大陸下のマントルを上昇させるのは,放射性元素に枯渇した上部マントルそのものではなく,マントル遷移層に蓄積された放射性元素に富む物質(例えば,沈み込んだ太古の大陸地殻)が熱源となっていると考えられる.三つ目は,全地球的なプレートの相互運動に伴って大陸縁辺域に接する海溝の後退によって,大陸縁辺に見かけ上の「吸い込み力」が働いて引き伸ばされたとする考え方である.これら三つの考え方は,約2000万年前からユーラシア大陸縁辺から分裂し始めた日本列島や,約8300万年前からゴンドワナ大陸から分裂し始めたジーランディアの成因を考察する上で重要となる.
Copyright © 1999-2026 Masaki Yoshida(吉田 晶樹) All rights reserved.