「大陸とプレートを動かす力とは何か」 特設ページ
紹介
小論を出版したきっかけ
2015年3月5日に『科学』の編集者の方から「2月12日付けでプレスリリースしたScientific Reports論文の内容、特に、大陸移動とプレート運動の原動力についての解説記事を書いてほしい」という依頼がありました。一週間足らずで原稿を作成して“納品”すると、すぐに私の原稿を読んで下さり、その内容に基づいて「ウェゲナーの『大陸と海洋の起源』出版100年目を記念した特集を企画したい」という提案がありました。これは、私が原稿の中で「100年目」について一文だけ触れていたからですが、編集部の方の企画力には脱帽ものです。『大陸と海洋の起源』が出版された1915年は、同時に現代地球科学の幕開けの年であり、地球科学にとって大変重要な年ですが、『科学』が「100年目」について特集を組んで頂かなかったら、「100年目」は他のどこの出版社も気付いていないようでしたので、完全に素通りされていたところでした。また、絶版になっていた、都城秋穂・紫藤文子訳の『大陸と海洋の起源』(岩波文庫、1981年)をこの機会に重版するという嬉しいニュースも頂きました。たった一つの投稿論文が思いもよらなかったさまざまな波及効果を生み出したことは嬉しい限りです。
編集者の方から最初提案された仮題は「大陸とプレートを動かす力とは何か」でした。結局、それがそのまま小論の主題になりました。そして、タイトルに「100年目」をどうしても入れたかったので、副題を「大陸移動説"完成"から100年目でわかっていること」にしました。ダブルクォーテーションで囲んで“完成”と書いたのは、そもそもウェゲナーは1912年にフランクフルトの地質学会で大陸移動説を初めて発表しましたが、その3年後の1915年の『大陸と海洋の起源』の出版によって、ようやく大陸移動説が一つのまとまった学説として“完成”されたと私は考えたからです。
また、編集者の方からは、「本誌では他分野の読者に対して、大学1、2年生程度の聴衆に講演でお話しになるレベルで解説いただきたいと存じます。科学的な正確さは失わずに解説いただければと考えており、適切な概念図なども含めて作成いただければ幸いです。」という要望がありましたので、全ての条件を満たすような総説論文となるように丁寧に原稿を作成しました。さらに,「原著論文では書き込めない、アイデアやお考えの部分も、積極的に盛り込んでいただければと存じ、歓迎しています。」ということでしたので、私が今後目指す研究などについても少し触れました。
実は私は、査読付き論文、査読なし論文を問わず、日本語で論文を書くのは研究者人生18年目で初めてでしたので、原稿の作成は新鮮でした。日本語で書いた論文を自分で見直していて気付いたことがあるのですが、日本語だと幾ら文章を直してもキリがないと言うことです。当たり前ですが、母国語なので、一つの文章でも色々な言い回しができて、さらにそれらの文章を連結するとなると、何回読み直しても気になる部分が出てきます。英語の論文だと、一回ザッと書いてみて、三回くらい読み直せば「ああ、もういいや」と、自分の英語表現力のなさにうんざりして、匙を投げてしまいます。さらに、査読付き論文だと一日でも早く投稿し、一日でも早く研究成果を世に出したいと焦る気持ちがあるので、正直なところ、95%くらいの完成度で投稿してしまうことが多いです。一方、今回の『科学』論文は、査読なし論文で、しかも総説で、また、雑誌の出版日も予め決まっているわけですので、「一日でも早く」という焦る気持ちはないのですが、この気持ちと「何回読み直しても気が済まない」という気持ちが表裏一体となり、結局、トータルで見れば、原稿の作成にそれなりの時間を費やすことになりました。しかし最終的に満足のいく小論が出版できて良かったと思います。
編集者の方から最初提案された仮題は「大陸とプレートを動かす力とは何か」でした。結局、それがそのまま小論の主題になりました。そして、タイトルに「100年目」をどうしても入れたかったので、副題を「大陸移動説"完成"から100年目でわかっていること」にしました。ダブルクォーテーションで囲んで“完成”と書いたのは、そもそもウェゲナーは1912年にフランクフルトの地質学会で大陸移動説を初めて発表しましたが、その3年後の1915年の『大陸と海洋の起源』の出版によって、ようやく大陸移動説が一つのまとまった学説として“完成”されたと私は考えたからです。
また、編集者の方からは、「本誌では他分野の読者に対して、大学1、2年生程度の聴衆に講演でお話しになるレベルで解説いただきたいと存じます。科学的な正確さは失わずに解説いただければと考えており、適切な概念図なども含めて作成いただければ幸いです。」という要望がありましたので、全ての条件を満たすような総説論文となるように丁寧に原稿を作成しました。さらに,「原著論文では書き込めない、アイデアやお考えの部分も、積極的に盛り込んでいただければと存じ、歓迎しています。」ということでしたので、私が今後目指す研究などについても少し触れました。
実は私は、査読付き論文、査読なし論文を問わず、日本語で論文を書くのは研究者人生18年目で初めてでしたので、原稿の作成は新鮮でした。日本語で書いた論文を自分で見直していて気付いたことがあるのですが、日本語だと幾ら文章を直してもキリがないと言うことです。当たり前ですが、母国語なので、一つの文章でも色々な言い回しができて、さらにそれらの文章を連結するとなると、何回読み直しても気になる部分が出てきます。英語の論文だと、一回ザッと書いてみて、三回くらい読み直せば「ああ、もういいや」と、自分の英語表現力のなさにうんざりして、匙を投げてしまいます。さらに、査読付き論文だと一日でも早く投稿し、一日でも早く研究成果を世に出したいと焦る気持ちがあるので、正直なところ、95%くらいの完成度で投稿してしまうことが多いです。一方、今回の『科学』論文は、査読なし論文で、しかも総説で、また、雑誌の出版日も予め決まっているわけですので、「一日でも早く」という焦る気持ちはないのですが、この気持ちと「何回読み直しても気が済まない」という気持ちが表裏一体となり、結局、トータルで見れば、原稿の作成にそれなりの時間を費やすことになりました。しかし最終的に満足のいく小論が出版できて良かったと思います。
『大陸と海洋の起源』について
ウェゲナーの『大陸と海洋の起源』ですが、かくいう私も、講談社から出版されている訳本(後述)をしっかり読んだ記憶があるのは大学院生時代で、最近では、現在取り組んでいる大陸移動関係の研究をきっかけにザッと読んだだけです。今となっては、内容そのものは間違いもあるし、しっかり読んでも研究に活用できることはほぼないのですが、「序文」で書かれていることはサイエンスすることとは何かと言うことを教えてくれます。特に、「地球科学の全分野から提供された情報を総合することによってはじめて,われわれは真実を見出すことを望みうるのである」という言葉は今の固体地球科学者にも通じるものがあるでしょう。
1915年に初版として出版された『大陸と海洋の起源』はドイツ語で書かれ、版を重ねるにつれて大幅に改訂されたらしく、1920年に第二版、1922年に第三版、1929年に第四版が出版されました。ウェゲナーが提唱した超大陸を「パンゲア」(ギリシャ語で全ての陸地という意味)と初めて名付けたのは第三版、第四版では「パンゲア」という言葉は出てきません。日本では、1981年に岩波書店から都城秋穂・紫藤文子両氏の訳で、1990年に講談社から竹内均氏訳で出版されています。「地質学の巨人」都城秋穂氏と「地球物理学の巨人」竹内均氏との訳本の読み比べは面白いかも知れませんが、私はまだやっていません。最近までは、両方の出版社の本とも絶版になっていましたが、岩波版のほうは、今回、私の「科学」に寄稿した論文を読んだ編集者の方が担当部署にかけあって頂いて、今年の6月に復刊されました。『大陸と海洋の起源』の第三版は1920年代にさまざまな言語での訳本が出版されました。英語版は1924年に出版されたそうです。また、日本でも、1926年に北田宏蔵訳によって古今番院から「大陸漂移説解義」として、1928年に仲瀬善太郎訳によって岩波書店から「大陸移動説」として出版されています。
1915年に初版として出版された『大陸と海洋の起源』はドイツ語で書かれ、版を重ねるにつれて大幅に改訂されたらしく、1920年に第二版、1922年に第三版、1929年に第四版が出版されました。ウェゲナーが提唱した超大陸を「パンゲア」(ギリシャ語で全ての陸地という意味)と初めて名付けたのは第三版、第四版では「パンゲア」という言葉は出てきません。日本では、1981年に岩波書店から都城秋穂・紫藤文子両氏の訳で、1990年に講談社から竹内均氏訳で出版されています。「地質学の巨人」都城秋穂氏と「地球物理学の巨人」竹内均氏との訳本の読み比べは面白いかも知れませんが、私はまだやっていません。最近までは、両方の出版社の本とも絶版になっていましたが、岩波版のほうは、今回、私の「科学」に寄稿した論文を読んだ編集者の方が担当部署にかけあって頂いて、今年の6月に復刊されました。『大陸と海洋の起源』の第三版は1920年代にさまざまな言語での訳本が出版されました。英語版は1924年に出版されたそうです。また、日本でも、1926年に北田宏蔵訳によって古今番院から「大陸漂移説解義」として、1928年に仲瀬善太郎訳によって岩波書店から「大陸移動説」として出版されています。
『科学』特集号の内容についての感想
私の小論「大陸とプレートを動かす力とは何か──大陸移動説"完成"から100年目でわかっていること」(吉田, 2015b)の要点は、「これまで、沈み込むプレートがプレート運動の主要な原動力とされてきたが、プレートの下面を引きずるマントルの流れがプレート運動の原動力になっているのか抵抗力になっているのかはいまだよく理解されていない。」ということです。『大陸と海洋の起源』出版100年目の2015年時点で、大陸移動とプレート運動の原動力について分かっていることと分かっていないことを等身大で説明し、また、私のマントル対流の数値シミュレーション結果を含め、関連する地球内部ダイナミクスの新鮮な成果を存分に盛り込めたと思います。編集部の要望に従い「用語解説」も付けましたので、地球科学の初学者にも読みやすい内容となっていると思います。
さて、この特集に上田誠也先生(私は先生から直接研究指導を受けたわけではありませんが、孫弟子に当たる)と金森博雄先生が寄稿していることは知らされていなかったので、『科学』7月号が出版される直前に目次を見て初めて知りました。両先生には、ご多忙の中、本特集にご協力頂き、深く感謝致します。以下、両先生の論文を読んだ感想を書いてみたいと思います。
上田誠也先生の論文「地球科学はヴェーゲナーから」は、たった3ページですが、その中には、ウェゲナーが大陸移動説を発表した直後の学界の雰囲気から、先生自身の研究史・人生史に至るまでが凝縮されて書かれています。最後は「…このあたりで私のこの種の活動(地球科学に関する本の執筆活動)は終わった。研究目標を『地震予知』へと転換したからである」で締められています。これには先生の地震予知研究に対する衰えることのない執念と、現在もなおオピニオンリーダーとして活躍し続けている自尊心が垣間見えます。
上田先生が1989年に出版された『プレート・テクトニクス』(岩波書店)は言わずと知れた名著中の名著で固体地球物理学の研究者であれば誰もが持っている教科書です。私の大学院修士課程二年の夏は、修士論文研究に加え、博士課程の入学試験の受験勉強に明け暮れていたのですが、『プレート・テクトニクス』と瀬野徹三先生の『プレートテクトニクスの基礎』(朝倉書店)を読み込みました。結果、地球科学の試験では、これらの教科書に書かれている内容が出題されたと記憶しています。また、上田先生は、1998年に『地球・海と大陸のダイナミズム』(NHK出版)という、『プレート・テクトニクス』と双璧をなす固体地球物理学の網羅的な内容を含む文庫本を出されています。『プレート・テクトニクス』が1980年代までの固体地球物理学の総まとめである一方、この本は1990年代の研究も紹介されています。しかし、この本は既に絶版になり、入手が困難になっています。このような素晴らしい本が絶版になっていることは、ある意味では、固体地球科学という学問への一般の方の興味がいかに小さいか、また、固体地球科学を目指す学生がいかに少ないかを如実に物語っていると思います。
金森博雄先生の論文「一地震学者の見た大陸移動説と沈み込み帯」は、プレートテクトニクス理論が確立された60年代後半から70年代における地震学的手法を用いた沈み込み帯の研究が丁寧に解説されています。地震波トモグラフィーがまだ発明されていない時代に、まさに暗中模索の状態で地球内部構造を解明しようとしていた世界中の研究者の苦労がひしひしと伝わってきます。プレートテクトニクス理論黎明期の海洋底観測や古地磁気学などの研究を詳しく紹介した本は幾つかありますが(例えば、河野, 1986;杉村, 1987;上田, 1988;都城, 1998)、沈み込み帯の研究について、少なくとも日本語ではここまでまとまっている文献は見たことがないので、大変勉強になりました。後半では固体地球科学の発展に対する観測研究の重要性が説かれ、数値計算研究しか能がない私には非常に重みがあると同時に、観測研究によって得られたデータを数値計算研究に有効に活かさなければならないことを再認識させられる解説になっています。
さて、金森先生は、Wilson (1963)によるScientific Americanの論文の原図(図1)を改変した図を引用しながら、「地質学の素養のないものには…、大陸移動説と海洋底拡大説…がプレートテクトニクスと概念的にどう違うかを一般の人に説明するのは難しいと思う」と書かれています.しかし、これは(1)19世紀末にイタリアの地質学者であるロベルト・マントヴァーニ(1854-1933)が提唱し、プレートテクトニクス理論の登場まで細々と生き続けた「地球膨張説」(Mantovani, 1889)(図2)に代表されるように、
さて、この特集に上田誠也先生(私は先生から直接研究指導を受けたわけではありませんが、孫弟子に当たる)と金森博雄先生が寄稿していることは知らされていなかったので、『科学』7月号が出版される直前に目次を見て初めて知りました。両先生には、ご多忙の中、本特集にご協力頂き、深く感謝致します。以下、両先生の論文を読んだ感想を書いてみたいと思います。
上田誠也先生の論文「地球科学はヴェーゲナーから」は、たった3ページですが、その中には、ウェゲナーが大陸移動説を発表した直後の学界の雰囲気から、先生自身の研究史・人生史に至るまでが凝縮されて書かれています。最後は「…このあたりで私のこの種の活動(地球科学に関する本の執筆活動)は終わった。研究目標を『地震予知』へと転換したからである」で締められています。これには先生の地震予知研究に対する衰えることのない執念と、現在もなおオピニオンリーダーとして活躍し続けている自尊心が垣間見えます。
上田先生が1989年に出版された『プレート・テクトニクス』(岩波書店)は言わずと知れた名著中の名著で固体地球物理学の研究者であれば誰もが持っている教科書です。私の大学院修士課程二年の夏は、修士論文研究に加え、博士課程の入学試験の受験勉強に明け暮れていたのですが、『プレート・テクトニクス』と瀬野徹三先生の『プレートテクトニクスの基礎』(朝倉書店)を読み込みました。結果、地球科学の試験では、これらの教科書に書かれている内容が出題されたと記憶しています。また、上田先生は、1998年に『地球・海と大陸のダイナミズム』(NHK出版)という、『プレート・テクトニクス』と双璧をなす固体地球物理学の網羅的な内容を含む文庫本を出されています。『プレート・テクトニクス』が1980年代までの固体地球物理学の総まとめである一方、この本は1990年代の研究も紹介されています。しかし、この本は既に絶版になり、入手が困難になっています。このような素晴らしい本が絶版になっていることは、ある意味では、固体地球科学という学問への一般の方の興味がいかに小さいか、また、固体地球科学を目指す学生がいかに少ないかを如実に物語っていると思います。
金森博雄先生の論文「一地震学者の見た大陸移動説と沈み込み帯」は、プレートテクトニクス理論が確立された60年代後半から70年代における地震学的手法を用いた沈み込み帯の研究が丁寧に解説されています。地震波トモグラフィーがまだ発明されていない時代に、まさに暗中模索の状態で地球内部構造を解明しようとしていた世界中の研究者の苦労がひしひしと伝わってきます。プレートテクトニクス理論黎明期の海洋底観測や古地磁気学などの研究を詳しく紹介した本は幾つかありますが(例えば、河野, 1986;杉村, 1987;上田, 1988;都城, 1998)、沈み込み帯の研究について、少なくとも日本語ではここまでまとまっている文献は見たことがないので、大変勉強になりました。後半では固体地球科学の発展に対する観測研究の重要性が説かれ、数値計算研究しか能がない私には非常に重みがあると同時に、観測研究によって得られたデータを数値計算研究に有効に活かさなければならないことを再認識させられる解説になっています。
さて、金森先生は、Wilson (1963)によるScientific Americanの論文の原図(図1)を改変した図を引用しながら、「地質学の素養のないものには…、大陸移動説と海洋底拡大説…がプレートテクトニクスと概念的にどう違うかを一般の人に説明するのは難しいと思う」と書かれています.しかし、これは(1)19世紀末にイタリアの地質学者であるロベルト・マントヴァーニ(1854-1933)が提唱し、プレートテクトニクス理論の登場まで細々と生き続けた「地球膨張説」(Mantovani, 1889)(図2)に代表されるように、
「大陸移動説」は地球内部の鉛直運動によって説明可能であることに対し、「プレートテクトニクス理論」は地球の表面の水平運動を考えないと説明できないということ
、(2)、「海洋底拡大説」は地球の表面が水平運動している"事実"を我々に提供し、プレートテクトニクス理論はその事実を説明するための"モデル"を提供しているということ
で"概念的な違い"が"地質学の素養のない"一般の人に容易に説明できると思います(吉田, 2015a)。ちなみに地球膨張説はプレートテクトニクスがまさに確立されようとしている1967年にサミュエル・ウォーレン・ケアリー(Carey, 1975, 1976)によって再び一時復活したそうです。
図1:
Wilson (1963, Sci. Am.)による。この図で、マントルが水平方向に流れているのはプレートの下だけで、深いところは“STAGNANT REGION(流れない領域)”と書いていることに注意。Hess (1962)によるマントル対流説(図3)の考えはこの図に含まれていない模様。

図2:
Mantovani (1889)による「地球膨張説」の私の勝手な想像図。地球が膨張することによって、大陸が割れるという仮説。

図3:
Hess (1962, Petrologic studies: a volume in honor of A. F. Buddington)による。プレートテクトニクス理論が確立する6年前に発表された。
大陸移動説からプレートテクトニクス理論、マントル対流理論まで
大陸移動説“完成”100年を記念して、固体地球科学で誕生した重要な理論と学説の歴史を自分なりに図にしてみました(図4)。灰色で示した年代パラダイムシフトが起こった年代で、「第一次パラダイムシフト」は、ウェゲナーの大陸移動説の提唱(1912年)からホームズのマントル対流説の提唱(1928年)まで、「第二次パラダイムシフト」は、ヘスの海洋底拡大説とマントル対流理論の提唱(1962年)からマッケンジー、モーガンらによるプレートテクトニクス理論の確立(1968年)までと私は考えています。
ただし、岩石が過去の地磁気の方向を記録していることを利用して、いわゆる古地磁気極移動曲線(APWP)を研究することにより、大陸が移動したことを証明した古地磁気学的な研究成果は、海洋底拡大説提唱より前の1950年代からあります。この先駆的な研究は、Creer et al. (1954)、Runcorn (1956)です。その意味では、大陸移動説の“復活”は1950年代半ばと言ってよいでしょう。
1984年に世界で初めて登場したグローバル地震波トモグラフィーは学説ではなく解析手法の名前です。しかし、それによって得られたマントル対流のイメージ(図5、6)は、Hess (1962)のマントル対流のイメージ(図2)のような、地表の海嶺の分布が単純にマントル対流セルの上昇域と一致しないこと、また、マントル対流が上部マントルと下部マントルに分かれずに一層対流(全マントル対流)をしていることが示されたという地球科学の発展に重要な貢献を果たしたので、図の中に文字の色を薄くして一緒に記しました。日本人では、Fukao (1992)によって初めて発表されました(図7)。敢えてグローパル地震波トモグラフィーの成果に学説としての名前を付けるとすれば、「全マントル対流説(whole mantle convection theory)」でしょうか。
DziewonskiとWoodhouseによるグローパル地震波トモグラフィーの登場(1984)年からMaruyamaによる「プルームテクトニクス理論」の提唱(1994年)までの「プチパラダイムシフト」の期間における固体地球物理学・地球深部科学の学界の盛り上がりは、彼らの原著論文からはもちろんですが、中西(1988, 1991)と末次(1987, 1991)の『地震』のレビュー論文などからも十二分に伝わってきます。また、話は過去に戻りますが、海洋底拡大説とVine-Matthews-Morley仮説(いわゆる、テープレコーダーモデル)については、河野(1969)のレビューが参考になるかもしれません。
将来、もし「第三次パラダイムシフト」が訪れるとすれば、それは一体どういうものなのか、凡人の私にはわかりません…。大学の講義の試験問題にちょうど良い問題かも知れません。

ただし、岩石が過去の地磁気の方向を記録していることを利用して、いわゆる古地磁気極移動曲線(APWP)を研究することにより、大陸が移動したことを証明した古地磁気学的な研究成果は、海洋底拡大説提唱より前の1950年代からあります。この先駆的な研究は、Creer et al. (1954)、Runcorn (1956)です。その意味では、大陸移動説の“復活”は1950年代半ばと言ってよいでしょう。
1984年に世界で初めて登場したグローバル地震波トモグラフィーは学説ではなく解析手法の名前です。しかし、それによって得られたマントル対流のイメージ(図5、6)は、Hess (1962)のマントル対流のイメージ(図2)のような、地表の海嶺の分布が単純にマントル対流セルの上昇域と一致しないこと、また、マントル対流が上部マントルと下部マントルに分かれずに一層対流(全マントル対流)をしていることが示されたという地球科学の発展に重要な貢献を果たしたので、図の中に文字の色を薄くして一緒に記しました。日本人では、Fukao (1992)によって初めて発表されました(図7)。敢えてグローパル地震波トモグラフィーの成果に学説としての名前を付けるとすれば、「全マントル対流説(whole mantle convection theory)」でしょうか。
DziewonskiとWoodhouseによるグローパル地震波トモグラフィーの登場(1984)年からMaruyamaによる「プルームテクトニクス理論」の提唱(1994年)までの「プチパラダイムシフト」の期間における固体地球物理学・地球深部科学の学界の盛り上がりは、彼らの原著論文からはもちろんですが、中西(1988, 1991)と末次(1987, 1991)の『地震』のレビュー論文などからも十二分に伝わってきます。また、話は過去に戻りますが、海洋底拡大説とVine-Matthews-Morley仮説(いわゆる、テープレコーダーモデル)については、河野(1969)のレビューが参考になるかもしれません。
将来、もし「第三次パラダイムシフト」が訪れるとすれば、それは一体どういうものなのか、凡人の私にはわかりません…。大学の講義の試験問題にちょうど良い問題かも知れません。

図4:
固体地球科学で誕生した重要な理論と学説の歴史(吉田, 2015, 未公表)。灰色で示した年代パラダイムシフトが起こった年代。グローバル地震波トモグラフィーは学説ではなく解析手法の名前であるので、色を薄くして示してる。

図5:
Dziewonski and Woodhouse (1987, Science)による。各列の中央のパネルはWoodhouse and Dziewonski (1984, JGR)の上部マントルモデル、右のパネルはDziewonski (1984, JGR)の下部マントルモデルのデータに基づく。図の中の“550”と“2890”はカラーコンターで塗られている底の深さが550 kmと2890 kmという意味。可視化情報学の観点からも、1987年の時点でこのような地球内部構造の描画法が提案されていることは素晴らしい!

図6:
Anderson and Dziewonski (1984, Sci. Am.)による。世界で初めてマントル内部の三次元地震波速度異常構造が実際の地球の中に描かれた世界遺産的な図。

図7:
Fukao (1992, Science)による。「プルームテクトニクス理論」が提唱されるきっかけになった。
補足
小論692ページの下欄*1で「マントル(mantle)という用語が、地球中心核(core)を取り囲む層という意味で学術論文で初めて使われたのは、おそらく1938年である(B.Gutenberg and C.F. Richter: Mo. Not. Roy. Astron. Soc. Geophys. Suppl., 4, 363(1938))」と書きましたが、これについて、法政大学人間環境学部教授で科学史がご専門の谷本勉先生から、「マントル(ドイツ語でmantel)」という用語はB. Gutenbergの恩師のE. Wiechertが、1897年出版のドイツ語の論文の中で初めて使用していることをメールでご教示頂きました。その論文は、
Wiechert, E., Ueber die Massenverteilung im Inneren der Erde. Nachrichten von der Gesellschaft der Wissenschaften zu Gottingen, Mathematisch-Physikalische Klasse, 1897, 221-243, 1897.
です。この中で、例えば、 "die Erde bestehe aus einem Kern constanter Dichte, der von einem Mantel ebenfalls constanter Dichte umgeben ist" (p.222)とあります。
また、谷本先生から、Gutenbergらも1912年から14年にかけて、以下の論文の中でmantelという用語を使用していることをご教示頂きました。
Zoeppritz, K., L., Geiger, and B. Gutenberg, Uber Erdbebenwellen. V. Konstitution des Erdinnern, erschlossen aus dem Bodenverruckungsverhaltnis der einmal reflektierten zu den direkten longitudinalen Erdbebenwellen, und einige andere Beobachtungen ueber Erdbebenwellen, Nachrichten von der Gesellschaft der Wissenschaften zu Gottingen, Mathematisch-Physikalische Klasse, 1912, 121-206, 1912.
Gutenberg, B., Ueber Erdbebenwellen. VII A. Beobachtungen an Registrierungen von Fernbeben in Gottingen und Folgerungen uber die Konstitution des Erdkorpers. Nachrichten von der Gesellschaft der Wissenschaften zu Gottingen, Mathematisch-Physikalische Klasse, 1914, 125-176, 1914.
また、ウェゲナーも『Die Entstehung der Kontinente und Ozeane』第3版(1922年出版)で、このグーテンベルクの1914年の論文を引用しているそうです。
したがって、正確には、王立天文学会(The Royal Astronomical Society、略称:RAS)が1922年から1957年まで発行した地球科学分野の英語の査読付き学術雑誌(Monthly Notices of the Royal Astronomical Society. Geophysical Supplement [あるいは、Geophysical Supplements to MNRAS]、略称:MNRAS)で、マントル(mantle)という英語のスペルが初めて登場したのが上記のGutenberg and Richter (1938)の論文という理解で良いのかも知れません。
Wiechert, E., Ueber die Massenverteilung im Inneren der Erde. Nachrichten von der Gesellschaft der Wissenschaften zu Gottingen, Mathematisch-Physikalische Klasse, 1897, 221-243, 1897.
です。この中で、例えば、 "die Erde bestehe aus einem Kern constanter Dichte, der von einem Mantel ebenfalls constanter Dichte umgeben ist" (p.222)とあります。
また、谷本先生から、Gutenbergらも1912年から14年にかけて、以下の論文の中でmantelという用語を使用していることをご教示頂きました。
Zoeppritz, K., L., Geiger, and B. Gutenberg, Uber Erdbebenwellen. V. Konstitution des Erdinnern, erschlossen aus dem Bodenverruckungsverhaltnis der einmal reflektierten zu den direkten longitudinalen Erdbebenwellen, und einige andere Beobachtungen ueber Erdbebenwellen, Nachrichten von der Gesellschaft der Wissenschaften zu Gottingen, Mathematisch-Physikalische Klasse, 1912, 121-206, 1912.
Gutenberg, B., Ueber Erdbebenwellen. VII A. Beobachtungen an Registrierungen von Fernbeben in Gottingen und Folgerungen uber die Konstitution des Erdkorpers. Nachrichten von der Gesellschaft der Wissenschaften zu Gottingen, Mathematisch-Physikalische Klasse, 1914, 125-176, 1914.
また、ウェゲナーも『Die Entstehung der Kontinente und Ozeane』第3版(1922年出版)で、このグーテンベルクの1914年の論文を引用しているそうです。
したがって、正確には、王立天文学会(The Royal Astronomical Society、略称:RAS)が1922年から1957年まで発行した地球科学分野の英語の査読付き学術雑誌(Monthly Notices of the Royal Astronomical Society. Geophysical Supplement [あるいは、Geophysical Supplements to MNRAS]、略称:MNRAS)で、マントル(mantle)という英語のスペルが初めて登場したのが上記のGutenberg and Richter (1938)の論文という理解で良いのかも知れません。
参考文献
- Anderson, D.L. and A.M. Dziewonski, 1984, Seismic tomography, Sci. Am., 251(4), 60-68.
- Carey, S.W., 1975. The expanding Earth-An essay review Elsevier, Earth-Sci. Rev., 11, 105-143.
- Carey, S.W., 1976. The expanding Earth, Elsevier, Amsterdam, p.488.
- Creer, K. M., Irving, E., and Runcorn, S. K., 1954. The direction of the geomagnetic field in remote epochs in Great Britain. Journal of Geomagnetism and Geoelectricity, 250, 164-168.
- Dziewonski, A.M., 1984, Mapping the lower mantle: Determination of lateral heterogeneity in P velocity up to degree and order 6, J. Geophys. Res., 89(B7), 5929-5952.
- Dziewonski, A.M. and Woodhouse J.H., 1987, Global images of the Earth's interior, Science, 236(4797), 37-48.
- Fukao, Y., 1992, Seismic tomogram of the Earth's mantle: geodynamic implications, Science 258, 625.630.
- 金森博雄, 2015, 一地震学者の見た大陸移動説と沈み込み帯, 科学, 85(7), 687-691.
- 河野 長, 1986, 『地球科学入門――プレート・テクトニクス』, 岩波書店, p.195
- 河野芳輝, 1969, 海洋底拡大説について, 地球科學, 23(4), 169-184.
- Hess, H.H., 1962. History of ocean basins. In A. E. J. Engel, Harold L. James, and B. F. Leonard. Petrologic studies: a volume in honor of A. F. Buddington. Boulder, CO: Geological Society of America. pp. 599-620.
- Mantovani, R., 1889, Les fractures de l'corce terrestre et la thorie de Laplace, Bull. Soc. Sc. Et Arts Reunion, 41-53.
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